第二回目 下関の坂本龍馬と関係した場所
入江和作邸跡
慶応元年(1865)閏5月、薩長同盟締結に向けて来関した際、最初に訪ねた入江和作邸の跡。当主の和作は、勤王の志士たちを物心両面から支援しました。
慶応元年(1865年)閏(※)5月1日に、薩長和解の地ならしに来関した龍馬も、この「支援者和作」を紹介され、同家を訪ねたのでした。薩長和解に向けた桂小五郎との会談は、それから数日後のことです。
当時、敷地が唐戸湾に面していた入江邸。薩摩へも続く眼下の海峡を眺めながら、龍馬は来るべき桂との会談に、日本の未来を思い描いたことでしょう。

所在地 |
赤間町交差点付近
|
|---|---|
交通 |
唐戸のバス停から海を背にして北へ2分
|
問い合わせ |
長府博物館 1245–0555
|
より大きな地図で 入江和作邸跡 を表示
稲荷神社
昭和20年代まで稲荷町と呼ばれたこの地の町名は、大同4年(809)の創建と伝えられる稲荷神社に由来するもので、北前船の寄港で賑わった江戸時代には、平家生き残りの官女らとの血縁が語られる遊女に端を発した、格式の高い花街として広くその名を知られた裏町がありました。
最盛時には、大坂屋を中心とした花魁芝居や先帝祭の上臈参拝行事の起源の地としても知られ、また幕末維新の頃には高杉晋作、伊藤博文ら若き志士たちもこの界隈を往来していたそうです。
現在街並みは変わり、わずかに稲荷神社が往時を偲ばせてくれます。

所在地 |
下関市赤間町5番
|
|---|---|
交通 |
JR下関駅からバス7分「唐戸」下車、徒歩約7分
|
問い合わせ |
下関市観光振興課 083-231-1350
|
より大きな地図で 稲荷神社 を表示
