第一回目 下関の坂本龍馬と関係した場所
白石正一郎邸跡
小倉戦争の初戦を、高杉晋作との共同作戦で勝利に導いた龍馬。
二人が次に向かったのは、竹崎の勤王商人、白石正一郎邸でした。
白石正一郎は竹崎の廻船問屋で、鈴木重胤(すずきしげたね)に国学を学び早くから勤王の志がありましたが、西郷隆盛に接したことから実際の活動に入ることになり、坂本龍馬ら諸藩の志士と広く交わり彼らの陰の力として大きな役割を果たしました。

所在地 |
下関市竹崎町3丁目8-13 中国電力下関営業所前
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交通 |
JR下関駅から徒歩4分
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問い合わせ |
下関市観光振興課 083-231-1350
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伊藤助太夫(九三)邸跡(本陣伊藤邸址)
慶応元年(1865)以来、龍馬の止宿先となった伊藤家の跡。この邸宅の一室が、慶応3年(1867)2月から、愛妻お龍との生活の場となりました。また、龍馬の「終の棲家」でもあります。
伊藤家は町内の大年寄で、奉行を務めた家柄でした。
江戸時代には参勤交代時、大名の宿となる下関の東の本陣を務め、幕末の当主は、シーボルトや吉田松陰らとの親交や、坂本龍馬が邸内の一室を自然堂と称し、妻・お龍(りょう)を呼び寄せて逗留したことでも知られます。
龍馬が京都で暗殺された時も妻のお龍はここに滞在していました。
昭和20年の戦災で建物は貴重な資料とともに焼け、現在は「本陣伊藤邸址」の碑があるだけです。

所在地 |
下関市阿弥陀寺町5番
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交通 |
JR下関駅からバス9分「赤間神宮前」下車、徒歩3分
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問い合わせ |
下関市観光振興課 083-231-1350
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