先帝祭献茶式
下関の一番大きなお祭り、先帝祭は5月2日から始まります。しかし皆さんはその先帝祭の隠れた事実をご存知でしょうか?
今回はその先帝祭の前にある先帝祭献茶式について赤間神宮宮司:水野さんにお話をお伺いしました。

明治5年11月9日 (旧暦)に新暦への移行が布告され歴代天皇様のご命日も全て新暦に移行されました。その際、旧暦の3月24日が新暦の5月2日であり、それで安徳天皇様のご命日は5月2日と決まったのでした。
しかし昭和20年代~30年代は下関での民間行事は一月遅れで行っており、下関のひな祭りは4月3日、端午の節句は6月5日でした。それはその行事に必要な気候がその時期でないと合わなかったためです。
先帝祭も同様に旧暦では3月24日だったから4月に一月遅らせましょうということで昭和60年の800年祭の前の昭和59年まで4月24日に行われていました。また、4月24日に行い続けたのには5月1・2・3日は亀山八幡宮様の五穀祭(春祭り)となっていたため、重なっていてはいけないだろうという理由もありました。
戦前は4月24日は休日となり、学校から会社まで全て休みになるほど、下関における先帝祭は大変大事にされていました。
しかし時は流れ、戦後になるとだんだんとそうはいかなくなります。
官公庁も先帝祭だから休むというわけにはいかないということで営業を行い、他もそれにならい、次々と営業するお店・会社が増えてきたのでした。
そして運命の昭和60年の800年祭。
この時は勅使(陛下の遣い)がみえるということで大変な盛り上がりになったのですが、
勅使は『5月2日でないと下向することはできない』となります。
そこでその時の市長・亀山八幡宮の宮司・赤間神宮の宮司・商工会議所の会頭とでトップ会談をした結果、
『昭和60年は安徳天皇の800年祭でこれは世紀の祭典だ。だったらこの機会に八丁浜踊り、源平船合戦をみんな一体にしようじゃないか』
となり、そしてそれを海峡まつりとして、その中で先帝祭・八丁浜踊り・源平船合戦を一括にし、さらに亀山八幡宮さんでは5月1日から春祭りが行われているので、一体にしたらお祭りが盛んになるのではと考え、昭和60年から先帝祭は5月2日になったのでした。
しかしながら今まで先帝祭を行ってきた4月24日を無くすわけにはいきません。
残すためには何かをしないといけない、そこでお家元に『4月24日はいかがでしょうか。昔はこういうお祭りがあったのですが今は何もなくなってしまいました』とお伺いを立てたところ、お家元の年中行事の中で4月24日が偶然なのか、たまたま空いており、そこで4月24日は赤間神宮へ参るとしましょうということで昭和60年から4月24日の先帝祭は表千家のお家元直轄になりました。
それからは現在に至るまで毎年、お家元のトップ3が交代に赤間神宮へ、家元は5年に一度、来られるようになったのです。それが先帝祭献茶式なのです。
赤間神宮
住所 |
山口県下関市阿弥陀寺町4-1
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電話 |
083-231-4138
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FAX |
083-234-1248
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URL |
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Mail |
先帝祭献茶式
先帝祭協賛行事。表千家左海宗匠奉仕。表千家下関同門会はじめ約五百名の関係者が参列。宗匠のお点前により御神前に抹茶を献納する
日時:四月二十四日(金) 午前十時
